とまとさんの生存報告。

働きながら最終的に小説家になりたい人のブログ。

相手の話に共感し、なおかつ、だれかを褒める人は世渡り上手なのでしょう。私は違うのだけど。

懸案事項がひとつ片付いた。

会社のイベントごとです。

まるで文化祭の準備かのように、担当の人はずっと準備をしてきました。

私は当日の動きだけ確認しておけばいいので、特にそれにともなって頑張ったわけではありません。

ただ、社会不適合者であるからして、集団行動が苦手なのです。空気をよんで、その場であまりよくわからない部署の人と世間話をしたり、命令されてないことを、自ずと動いて解決してみたり。自分の業務内でしたら、それは可能なのですが、難しいですね。

 

ところで、私は生物学上、女子であるわけですが、女子って共感力があるものだけが原始時代からみんなに助けてもらって種を残すことができたようですね。

集団のなかで、共感力があれば生活を助けてもらえます。

これが欠如しているということが、社会不適合、つまり、自分の種を残す競争で敗北を意味します。

種を残さずとも、生きることはできます。

ですが、生物学上、女が生きやすいのはやはり共感能力が高い者ということになります。

 

どうしてそんなことを考えたのか。

 

会社のイベントごとは部署ごとで固まっていないので、どうしても待ち時間などは、女子は固まります。私はこのようなときに、面倒だなと思って一人になろうとしたりします。

なろうとするのですが、ぼっちであることの勇気が出ず、だれかと一緒にいました。

 

ただ、相手の話を聞くだけならいいのに、どうしても口ごたえしてしまうのが私ですね。

みんなと会話しながら、気になったこと、思いついたことをそのまま言ってしまいます。

すると、話の主が相手から私に移ります。

話をしていた人はその話で深掘りしろとは言ってません。議論なんてもっての他。

どうでもいいことを尋ねる私に会話の腰を折られたといった感じで相手は少しイラッとしてました。

共感能力がないだけで、このようなトラブルが起こるかもしれないんですね。

 

あはは、おもしろーい。

 

こう言って、笑っていればいいのです。

ドジな女の子にみんなしてつっこんでいたら、一緒に笑ってたらいいのです。

女ってのは、こうだったなと学生時代ぶりに思い出しました。

いつもはビジネスライクな関係しかないのですが、このようなときに思い出します。

なので体力面と精神面にきました。

疲れたしか後半言ってませんでしたよ。

 

あと、気をつけたいことがあります。

それは、褒め合うこと。

私は仕事のときに滅多に他人をほめません。

こころが狭く、他人を認めたがらない嫌な人間だと自己嫌悪しておりました。

ところが最近、これを思い直しました。

 

他人を褒める人は相手を支配しようとしている。

 

というコラムを読んだからです。

たとえば、いつも仕事が早い人がいたとします。その人に対して『いつも、仕事はやいね。すごいね』と言った人がいます。

すると、言われてた方はまた仕事を早くしようとかんがえます。

普通、褒められたらまた頑張りますよね。

褒めることでまた頑張ってもらうわけです。

それどころか、褒められた方は仕事を早く終わらせて、相手の仕事を手伝うかもしれません。

隷属ですね。

褒めることって相手が上なんですよ。

褒める人は、つまり自分の方が上だと言っているようなものですね。

 

じゃあ。どうしたらいいのか。

そのコラムにはありがとう、と言えばいいとだけ書いてました。

仕事早く終わって喜ぶのは誰ですか。別に特にないなら、あえて仕事終わるの早いなんて評価せずに、自分の仕事を頑張ればいいんですよ。

他人に感謝することがあったとき、お礼を言えばいいのです。

 

ありがとう、は言って損なことはひとつもありませんから。